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堺市立 金岡北中学校 ラグビ-部

心身ともにたくましい男子を目指します!!

選手

昨年のラグビーW杯でエディー・ジャパンの「歴史的3勝」に大きく貢献した、日本代表FW畠山健介選手の連載、「畠山健介のHatake's room」がスタートします。 記念すべき第1回は、W杯を終えて、サントリーサンゴリアスの一員としてトップリーグの厳しい戦いを繰り広げる中、日本人選手2人目となる「プレミアシップ挑戦」を決断するに至る経緯を、畠山選手本人が書き綴りました。どうぞお楽しみください。


息継ぎなしで泳ぎ続けるスイマーはいない。僕はラグビー選手として、2008年4月にサントリー入社、サンゴリアスに入部し、その年の秋に代表デビュー、そしてW杯イヤーの今シーズン、これまでガムシャラに戦ってきた。さすがに僕も激しい戦いの中で、一息つきたくなった。
「今年のオフはゆっくりしよう」
そう思っていた矢先に、突然話が舞い込んできた。
「英国のプレミアシップに興味があるか?」
今年1月の初めだった。「興味があるか?」という問いに対して、「興味はある」。だが、「興味がある」程度に過ぎない。そこで戦ってやろうという野望も、プレミアシップでプレーしたいという目標もなかった。
通常なら「行かない」が、今回は少し違った。
そもそも僕は日本が大好きだ。「ナショナリズム」という言葉を掲げるほど大それたものではないが、日本での生活に満足している。言葉、文化、食事、安全、医療、衛生、シャワーやトイレなどの水周り環境などと、僕や家族にとって何ら不自由はない。
ラグビーというスポーツは世界中で行われている。そのおかげで、たくさんの国へ遠征に行ける。アジア、ヨーロッパ、太平洋の島国など、文化や言語が全く違う国々を訪ね、そこでの短期間の生活を経験してきて、「日本での生活が一番」と僕の脳は決めつけていた。
ドメスティックな思考、価値観を持つ僕は、海外に行く必要性、必然性、価値を、旅行以外に見出せず、国内での生活に十分満足していた。
2月末から始まる、スーパーラグビーに参戦する日本チームの「サンウルブズ」との契約は合意に至らなかった。そのため、オフシーズンは家族とゆっくり過ごし、平日はじっくりトレーニング、週末は友人の結婚式に出席し酒を飲み、それ以外の日はラグビーの普及活動に充てる。そんな今までできなかったオフシーズンにしようと予定を立てていた。
そんな中での、突然の英国挑戦の連絡。すでにオフのスケジュールも具体的に立てて、日本での生活を満喫している僕の脳(思考)は、通常なら即決で「行かない」という結論を導き出すはずだったのが、今回は少し違った。後ろ髪を引かれるような感覚を持ち、すぐさまエージェント(代理人)に連絡し、詳細を確認した。
契約交渉に関して、選手は素人だ。プロスポーツの世界では、エージェントに任せた方が契約の話はスムーズに進む。エージェントから僕には、大まかに2点の話をしてもらった。
まずは「契約期間」。
英国のラグビーリーグ「プレミアシップ」は12チームのホーム&アウェーに加え(22試合)、上位チームはプレーオフに進み(最大3試合)、その合間にヨーロッパでの大会もあり、日本のトップリーグの試合数を大幅に上回る過酷なリーグだ。
ラグビーのスタイルは、いわゆる“ヨーロッパ式”で、フォワードのスクラム、モールなどのプレーが多く、反則からクイックではあまり仕掛けず、手堅くペナルティショットで3点を刻む、スローテンポな試合運びが主流だ。
レギュラーシーズンは9月から翌年5月上旬まで。プレーオフに進出すれば5月末までとなるが、僕が話をもらったのが1月上旬、契約はトップリーグ終了後の1月末から5月上旬の「3カ月」という期間。長くても3カ月という具体的な数字が、僕の英国挑戦の決め手となった。スーパーラグビーでプレーしていれば、2月末から始まり7、8月までの長いシーズンになる。さらにそこからトップリーグの開幕を控える「プレミアでの3カ月」と限られた期間であることが、僕にとってはベストだった。
ヨーロッパで重要視されているPRというポジション。
次に「チーム」。
サンウルブズ以外のスーパーラグビーから1チーム、プレミアシップの3チームからオファーがあった。ただし、「畠山健介」を欲したわけではない。その4チームとも、「PR(プロップ)」を探していた。
PRとはスクラムの前列で組む1番と3番の重量級の選手。体重があるため動きが重く、体力も少なく、スクラム以外は取り柄がないというイメージが日本では一般的だった。近年は「動けるPR」も多く、ネガティブなイメージは薄れつつあるが、バックスに比べると人気はあまりない。
しかし、ヨーロッパでは、PRというポジションの重要性が確立されている。ヨーロッパではスクラムやモールが多いため、フォワードの消耗が激しい。その中でPRはスクラムでの役割が大きく、ヨーロッパでは重要なポジションとして人気もあるという。そしてPRというポジションは、スペアタイヤのように、どのチームもストックが必要なのだ。
今回の英国挑戦に際して、家族、サンゴリアスのチームメイトやエージェント、友人に相談し、自分の中でもいろいろ考えた。プレミアでプレーできる機会など、滅多にあることではない。これを逃せば、次、いつ同じような機会を得られるかわからない。
渡英を決意するまで、時間は掛からなかった。「時間がなかった」というのもあるが、自分でも不思議なことに、いつのまにか「行く」という心構えになっていた。
オファーのあったプレミアシップ3チームのうち、選んだのはイングランド北部のニューカッスルに本拠地を置く「ニューカッスル・ファルコンズ」。選んだ時点では最下位に甘んじているチーム。プレミアに行くからには、出場機会が多い方が良いということと、同じポジションの主力選手がケガをしたという情報も把握していた。そういう意味で、ファルコンズは僕を必要としている。そう直感し、決断した。
田中史朗「覚悟して行けよ」
メディアにリリースする前、家族はもちろん、知人・友人たちに英国挑戦の旨を伝えた。スーパーラグビーでプレーした日本人第1号の田中史朗(フミさん)には、飲みの場で報告したところ、「あっ、そうなん」とそっけないリアクション……。しかしその翌日、仕事でフミさんと一緒になり、昨夜の冷ややかな反応とは打って変わって、真剣な眼差しでこう話してくれた。
「覚悟して行けよ。お前が(日本人選手の)評価下げたら、今後、若手がプレミアでプレーできなくなる可能性だってあんねんからな」
ラグビーに、そして日本のラグビー界の未来に真剣に向き合い、日本という安住の地を背に海外で闘っている男からのアドバイス。一瞬、ゾクッとするような感覚の後、フミさんは「フフッ」と笑う。「まあ、お前なら大丈夫やろ」。その言葉に覚悟と自信を得た。
チームは決まった。期間はチームの成績次第で決まる。決意と覚悟も固まった。詳しい契約条件はエージェントが交渉中。僕に必要な準備は英国ビザと国際運転免許証の申請、向こうでの生活で必要な日用品や、練習で使うラグビー用品の手配。1月、まだトップリーグの戦いが続く中、休みや空いた時間をやりくりして進めた。
エディー・ジャパンで学んだ大切なことのひとつが、準備。「細かすぎるんじゃないか」「そこまでの必要があるのか」と周囲が思うほど、周到に準備する。準備が杞憂に終わるほど、現地での生活をイメージする。ひとつひとつの準備が進むに連れて、決意と覚悟と不安が色濃く混ざり合い、心が火照っていくのを寒さが増す東京の片隅で感じた。
慌しい日々はあっという間に過ぎ、大阪の花園ラグビー場で今シーズンのトップリーグ最後の試合を終え、サントリーサンゴリアスに入部後、初めてベスト8以下という不甲斐ない結果に終わってしまった。
しかし、僕の今シーズンはまだ終わらない。2016年2月12日、ファルコンズのホーム、キングストン・パークで行われたレスター戦、後半25分からプレーし、プレミアデビューを26-14の白星で飾ることができた。
激動の2015-2016シーズンは、イングランドの地でまだ続く。
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  1. 2016/02/22(月) 03:54:22|
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Author:kanakita
大阪府堺市立金岡北中学校ラグビー部です。部活動以外の行事なども写真&動画レポートします。よろしくお願いします。

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