1. 無料アクセス解析

堺市立 金岡北中学校 ラグビ-部

心身ともにたくましい男子を目指します!!

監督

第46回全国高専ラグビー大会
準決勝 結果
奈良工業高専 13-5 神戸市立工業高専
仙台高専・名取 46-15 佐世保工業高専
1月9日(土) 決勝
13:00KO@神戸ユニバー
仙台高専・名取 vs 奈良工業高専






















2015年を振り返る 『名将上田昭夫氏逝く』

2015年は上田昭夫氏を語らずに終えることはできない。
2015年7月23日元ラグビー日本代表で、元慶應義塾大学ラグビー部監督の上田昭夫氏が、代謝性疾患アミロイドーシスのため天に召された。62歳という若さであった。
上田氏は現役時代スクラムハーフとして活躍し、トヨタでは日本一を経験。小柄ながらも日本代表として幾多の国際試合に出場した。俊敏性を活かしたパスワークがファンの記憶に残っていることだろう。
引退後は、母校の慶應大学の監督に就任し1985年度には全国大学選手権を制し、日本選手権では自らが勤めるトヨタを破って初の日本一へと導いた。
その後、フジテレビに転職。ラグビー指導の一線からは退くも、1994年低迷する母校再建のため再度監督に就任。ビジネス感覚を取り入れ積極果敢にチームの体質改善に挑んだ。そして上田氏のミッションでもあった創部100周年となる1999年度に見事大学日本一に返り咲いた。
しかし、上田氏は超が付くほどの未来志向のため「元慶應義塾大学ラグビー部監督」と呼ばれることが好きではなかった。上田氏いわく「俺は前しか見ない」からである。
大学ラグビーシーズンになるとそのサービス精神で快く取材を受けたが、内心では「俺は今を生きている。なぜいつも元監督として扱うんだ」と複雑な思いを抱えていた。
そんな上田氏が、勝負の世界とは別の面で輝いていたのが「秩父宮FM」だ。
当初は盟友である故石塚武生氏と「複雑なルールをわかりやすく」というコンセプトで始まったようだが、上田氏は変幻自在のマシンガントークでファンを笑わせ、すっかり秩父宮ラグビー場の名物の一つにしてしまった。
トップリーグの試合の日は、リスナーからの差し入れで放送室のテーブルがいっぱいになったほどだ。
「秩父宮FMは俺のONE FOR AIIの表れだよ。みんなに楽しんでほしいからやっている。とにかく一人でも多くの友達を連れて来てもらって、放送を聞いてほしい。ラグビーは難しいなんて言わせないから(笑)」
「サッカー、野球、相撲など、プロスポーツのファンが秩父宮ラグビー場に来ても、絶対に楽しんでもらえる内容じゃなければいけないと思っている。それには見どころやプレーの解説なんてものは当たり前で、いかにファンと放送室が一体感を作れるか、それにかかっていると思う」
「ラグビーは応援している相手チームのナイスプレーにも拍手を送る文化があるから、それを広くスポーツのファンに伝えたいと思っている。野次が文化の競技もあるから、それは尊重するけれど、ラグビー文化を知ってもらうことによって、気持ちよく観戦できるスポーツとして裾野が広がっていけばいいと思っている」
などなど、ラグビーの楽しみ方を伝える伝道師であった。

鷹の眼をした勝負師とFM放送のパーソナリティー。どちらも同じ上田氏なのが深くて面白かった。
2014- 2015シーズン末の放送では、途中で何度も放送室を抜け、体を休めながらも、リスナーを楽しませたいとやり通した。並はずれた精神力の上田氏のこと、周りには見せまいとしていたが、本当はかなり辛かったに違いない。
筆者が初めて入院中の病室を訪ねたのは2014年の2月だった。それから何度か入退院を繰り返したが、病室での話題は女子ラグビーのことが多かった。
上田氏は2011年に女子ラグビーチームTKM7(現YOKOHAMA TKM)のGM兼監督に就任し、約1年半指導に携わった。その間、陸上競技やバスケットボール出身選手を日本代表に育て上げている。
楽しみにしていたのは、彼女たちがリオ五輪で活躍することであり、それを現地で応援することだった。
「○○(選手の名前)の膝の具合はどうなんだ?次の試合までには戻れるのか」と、いつも選手たちの怪我の回復状態を心配していた。
女子選手の多くは膝の怪我に悩まされている。それも国内トップクラスの選手に多いと上田氏は心を痛めて「そこが女子ラグビー普及、発展の課題だろう」と語っていた。
「国際大会で勝つための力を計画的に養うためには、いかに怪我を防ぐのか、それに答えを見つけなければ、計算が成り立たない」と繰り返し語っていた。
もう一度女子ラグビーに関わるとすれば、その課題に取り組みたいと思っていたのではないだろうか。
また、少年院のラグビー指導を話題にすることも多かった。故石塚武生氏から遺志を引き継ぎ、すでに6年目に入っていた。
「彼らに初めて会って感じたことは『みんな普通の子たちなんだ』ということだ。あの子たちを見て、親の責任を感じたし、家庭環境の大切さを改めて思った。この子らが少年院に入る前に、スポーツの本当の素晴らしさと出合っていたら、人生が変わっていたかもしれないと思うと残念でならない」
上田氏が育った環境には非行少年がいなかったと伺っている。それだけに彼らとの縁は人生観を変えるほどのインパクトがあったようだ。
「その人の人生というのは、その人が主役でなければならない。自分の指針を持ち、自分の生き方を決め、その生き方を全うする。自分で決めた生き方であるならば、たとえその組織や周囲から嫌われ敬遠されようとも、恐れることはない。そうした人間ならば必ず理解者が現れ、なによりも自分自身にやり切った感が残るはずだ。人生の評価というのは、なんらかの目標を達成したか、しないかという結果に左右されないことが重要だ。
『やる』か、『やらないか』というそれぞれの人生の選択の中で、積極的に『やる』と決断して行動したならば、結果に関係なくやり切った感が残る。逆に自分で『やる』決断をせず、周りに左右されて行動した場合は、『流された感』や『自分への不信感』が胸にわだかまりとなって後々まで残るだろう。同じ行動を取るにしても、意味が大きく異なってくる。
長い人生において、その積み重ねは取り返しのつかない後悔となる。自分を生かす第一歩は、『自分で決断する』ことから始まる。
人は何を成し遂げたかではなく、どんな思いで、何に取り組んだか、その思いは、誰かの役に立つものなのか、誰かの楽しみや喜びに繋がるものなのか、それは胸を張って人に言えることなのか。そんなことを自分自身に問い掛けながら、ブレない自分を作っていくのが最高の人生であり、その過程の中で『自分らしさ』というものが発揮される。
どんな言動をするにしても、周囲の人から『あの人らしい』という肯定的な受け止められ方をする自分らしさを磨け。ピカピカ輝いている人間というのは、その人の個性を活かしていることに他ならない。周りはそんな人に惹かれるはずだ」
病床の上田氏は最後まで強く明るく、人生について語っていた。
名プレーヤーにして、名将上田昭夫氏。あなたがラグビー界に残した功績ははかり知れない。
その笑顔よ永遠に。
スポンサーサイト
  1. 2016/01/08(金) 03:32:27|
  2. 未分類

プロフィール

kanakita

Author:kanakita
大阪府堺市立金岡北中学校ラグビー部です。部活動以外の行事なども写真&動画レポートします。よろしくお願いします。

カレンダー

プルダウン 降順 昇順 年別

05月 | 2017年06月 | 07月
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -


最近の記事

RUGBYブログ

↓ ラグビ-のブログ

にほんブログ村 その他スポーツブログ ラグビーへ

カテゴリー

FC2カウンター

天気予報


-天気予報コム- -FC2-

リンク

このブログをリンクに追加する

ブログ内検索