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堺市立 金岡北中学校 ラグビ-部

心身ともにたくましい男子を目指します!!

ワールドカップ



平尾誠二(ひらお・せいじ)

生年月日:1963年1月21日。京都市出身。
日本代表キャップ:35
RWC出場歴:1987、1991、1995、1999(監督)
ポジション:SO、CTB



▼ラグビー略歴:京都市立陶化中学→京都市立伏見工業高校→同志社大学→神戸製鋼所。高校3年時に全国大会優勝。同志社入学後、19歳4カ月で日本代表入り。在学中に大学選手権三連覇。神戸製鋼では日本選手権7連覇の中心だった。1991年RWC日本代表キャプテン。1999年RWC日本代表監督。神戸製鋼ラグビー部ゼネラルマネージャー。特定非営利活動法人、スポーツ・コミュニティー・アンド・インテリジェンス機構(略称SCIX)理事長



 1980年代から90年代初頭にかけ、日本ラグビーをリードしたのは平尾誠二さんでした。高校、大学、社会人と、どのチームでもリーダーとなり、この人の行くところすべてが日本一に輝く勝負強さを発揮。RWCにも、第一回から三回大会までは選手、第四回大会は日本代表監督として参加するなど、すべてのRWCを現地で見てきた平尾氏がその思い出、RWCの魅力を語ってくれました。


世界のプレーヤーの質が顕著に変わった
1995年から1999年大会にかけての時期

 僕は観戦も含めると第1回のRWCから、すべて現地に行っています。そういう人は少ないかもしれないですね。この目で変遷を見てきた者として、次第に大会が組織化されていった印象があります。
 今から思えば、1987年の大会は村の運動会のようでしたね(笑)。我々はシドニーに滞在しましたが、セキュリティーもそれほど厳しくなく、それぞれの場所で試合が行われ、組織的な動きもなかったように思います。ただ、選手に対して日当が支給されたのは驚きました。当時の日本のラグビー界では考えられないことでしたから。日本ラグビー協会は、ラグビーで報酬を得ることを認めていなかったので、選手個人には渡りませんでした。
 参加した大会はすべて印象に残っているのですが、1991年の第2回大会で急激に規模が大きくなりましたね。第1回大会は地域予選のない招待大会でしたが、第2回からは世界各地で予選が行われました。大会も組織も「世界的」になったということです。オープニングパーティーは、全チームの選手が集まってロンドンで開催されて大盛況でした。
 僕の立場もいろいろ変わりました。1991年はキャプテン、1995年は選手、1999年は監督です。1995年から1999年にかけては、世界のプレーヤーの質が顕著に変わった時期だと思います。
 世界のラグビー界は、1995年大会直後、「オープン化」されました。プレーによる報酬を認めないという従来の規則を撤廃し、実質的なプロ化に踏み切ったわけです。
 1995年大会で日本はオールブラックス(ニュージーランド代表)に大敗したのですが、ラグビーの強豪国では、すでに実質的なプロ化が始まっていました。1999年当時、日本はアマチュアリズムを守っており、プロ選手は認めていません。代表チームとして世界と戦っていくのが非常に難しい時期だったのです。2000年代に入って、ようやく日本も代表選手の待遇を考え、契約選手制度などを作りました。ここから日本代表の強化も変わっていきました。


RWCは何が起こるか分からない
周到な準備の必要性を痛感した出来事

 苦々しいことですが、参加したRWCで印象に残っていることが、2つあります。
 1つは、1991年一次リーグ初戦のスコットランド戦でのことです。日本もいい試合ができて、点差も拮抗しているとき、ちょっとしたミスで流れが一気に変わった。RWCでのひとつのミスの怖さを思い知った瞬間でした。
 もう1つは、1999年の初戦のサモア戦です。FBの松田努がサモアのタックルで肩を負傷しました。あの頃は、メンバーを固定して戦っていて、松田はFBとしてよく機能していました。急きょ、WTBの大畑大介をFBに入れましたが、松田の怪我でチームのスタイルを変えざるを得なくなった。それを機にディフェンスを崩されてしまいました。
 松田がタックルを受けたときの攻撃は、パスがつながっていればトライだった。流れは大きく変わっていたでしょう。今でも、あの怪我は残念でなりません。RWCは、これでもか、というほど周到な準備をしていかなくてはいけない。何が起こるか分からないことを痛感する出来事でした。
 しかし、選手はよくやってくれたと思っています。素晴らしい選手達との素晴らしい時間を過ごしました。一緒に戦った選手とは、今でも会うと懐かしいし、いろんな話ができます。1999年大会の日本代表は、初めての外国人キャプテンを起用しました(アンドリュー・マコーミック)。反対意見もありましたが、あの時は彼しかいなかった。ベストの選択だったと思っています。


2019年大会の成功とは、多くの人が
普通にRWCに参加するということ

 2019年には、日本でRWCが開催されます。日本のラグビー文化の高さを見せつけてほしい。日本のラグビーには歴史があり、携わってきた人達のクオリティも高い。そして、日本人は礼儀正しく、ホスピタリティの精神もある。RWCの観戦をきっかけに初めて日本に来た人も、日本のファンになってくれるでしょう。あの国はほんとにみんな親切で、街も綺麗で、セキュリティーもいい。そんなことが積み重なって日本の印象が作られていく。それが後々、外交につながっていくのだと思います。
 日本代表の成績も大事ですが、大会の成功は何かと言えば、一般の人たちも含めてこの大会に多くの人が参加することだと思います。
 日本の皆さんには、RWCのために特別に何かをするのではなく、普通に参加してほしいですね。ごく普通で日本はいい国だと思います。観客動員の心配はあるし、それまでにラグビーの認知度を上げないといけないとは確かです。翌年にはオリンピック・パラリンピックもあるわけですから、スポーツイベントに対する盛り上がりを日本全体で作っていくべきでしょう。
 僕は、2019年にどうかかわるか、まだ何も考えていません。もちろん、試合は見に行きます。生きている限り、全大会に行こうと思っています。そこに身を置いて風を感じたい。大そうに言えば、世界のラグビーの流れを感じ続けたいのです。
 RWCの戦いには、国と国の意地がある。熱気が伝わってくる。日本代表以外の試合も楽しむことができます。たとえば、オールブラックスと実力差のある国が闘う。点差は開くかもしれないけど、負けている側にも国を代表して出てきているという意地がある。全力で戦う。それを感じることができるのが、RWCの面白さだと思います。













































































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  1. 2015/03/04(水) 03:27:37|
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Author:kanakita
大阪府堺市立金岡北中学校ラグビー部です。部活動以外の行事なども写真&動画レポートします。よろしくお願いします。

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