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堺市立 金岡北中学校 ラグビ-部

心身ともにたくましい男子を目指します!!

ワールドカップ



日本の粋集めた「シェイプ」 密集戦制す武器に

エディー・ジョーンズ・ヘッドコーチ(HC)は、ラグビー日本代表の目指す戦い方を「ジャパン・ウェー」と呼ぶ。日本人の特性に合わせた戦術という意味だ。いくつか柱があるうちの一つが「シェイプ(型)」と呼ばれる攻撃時の隊形である。

密集からボールを展開するとき、SHとSOの周囲に2~3人のFWを衛星のように配置する。SH→SOとボールが渡るのに合わせ、各FWは前に走り込む。守る側にすればマークすべきランナーが多く、的を絞りにくい。

ジョーンズHCは「ジャパン・ウェー」を追求する


■特有の敏しょう性や持久力生かす

世界的に流行しているもう一つの攻撃の形が「ポッド(豆などのサヤ)」と呼ばれるもの。世界ランキング1位のニュージーランドなどが多用する、一種の地域分担制だ。

フィールドを縦に2~4つに分割。各エリアを担当する選手をあらかじめ決めておく。選手は原則的に担当地域にボールが回ってきたときにだけパスを受け、密集戦で仕事をする。選手がフィールド上に分散しているので、守備の薄い大外にボールを素早く運べる利点がある。

実際にはシェイプとポッドを時間帯や地域に応じて使い分けるチームが多いが、2012年のジョーンズHC就任後の日本は、いちずにシェイプの方を磨いてきた。体の小さい日本人にあった戦術とHCが考えるからだ。

シェイプは比較的狭い地域に多人数が集まり、短いパスで攻める場面が多い。日本人の敏しょう性を生かせれば、密集地帯でも隙間を縫って前に出られるという見込みがある。

「世界一のフィットネス」(ジョーンズHC)と自負する持久力も生かしやすい。シェイプは原則的に一方通行の攻め。例えば、フィールドの左端から攻め始めたとすると、タッチラインに至るまで右へ右へと密集をつくって攻める。攻守双方が外側のスペースに長い距離を走ることになり、持久力勝負に持ち込める。

■サントリーで戦術の有効性証明

3つ目の利点が体格差をカバーできること。「シェイプを使うことで日本の選手は守備側と1対1の場面をつくれる」とHCは話す。多人数のランナーを配置することで守備側を幻惑できれば、きれいに抜けなかったとしても2人にタックルされて密集戦でボールを奪われるという最悪の事態は減らせる。

この戦術、うまくはまれば猛威を発揮するのは、HCが10~11年度に指揮したトップリーグのサントリーで証明済み。ポンポンとリズム良く密集からボールを出すたびに守備網の隙間を拡大、嵐のような連続攻撃でトライを量産した。国内のラグビーのレベルを運動量や攻撃のテンポという点で1段階上に引き上げるインパクトがあった。

もちろん短所もある。「ブレークダウン(タックル後の密集戦)が日本の生命線。ここを崩されると厳しくなる」とナンバー8のホラニ龍コリニアシ(パナソニック)は話す。

味方がタックルされて密集ができた後、2~3秒で球を出せないと、相手が防御ラインに戻る時間ができる。守備網が整っていれば攻めが難渋するのはどのチームも同じだが、ボールを外に展開しやすいポッドに比べ、シェイプは守備が厚い内側を攻めざるを得ない場面が多い。攻撃側が孤立し、球を奪われる危険性は高まる。タックルを跳ね返して前進できるパワーランナーが少ない日本にとってはなおさらだ。

リーチ主将(中央)はW杯へ「ブレークダウンを徹底的に練習したい」と話す


■守備の技術進化、日本に不利な流れに

特にこの2~3年、密集戦でボールを奪う守備側の技術が世界的に進化。主審の笛も守備側の微妙なプレーを流す傾向にある。日本にとって不利な流れだ。

7~8月に日本がフィジー、トンガなど4チームと対戦して1勝3敗に終わったパシフィック・ネーションズカップ(PNC)。終了後、リーチ・マイケル主将(東芝)が日本の課題に挙げた3つが、個々のタックル力、試合を決めきる力、そして密集戦の向上だ。

「(20―31で敗れた)トンガ戦のようにブレークダウンでプレッシャーを掛けられたら自分たちのボールを出せない」とリーチ。4年前のワールドカップ(W杯)でトンガと対戦したときも似た内容で敗れただけに、「今回のW杯も相手はブレークダウンで圧力を掛けてくるだろう。PNCで気づくことができて良かった。(合宿地の)宮崎で徹底的に練習したい」と話す。

この危機感は主力のFWに共通する。「国内組」だけで行った6月の合宿中から密集戦の練習を増やす必要性を訴える選手がいた。

もちろんHCも「ブレークダウンは課題」と認める。改善案として「ボールを持った選手が(タックルされた後に)もう1秒だけ立っていられればサポートの選手が近づける。そこをトレーニングで強調したい」と話す。

■「チームの頭脳」SHの出来がカギ

もっとも、密集戦の優劣と、シェイプの精度は「鶏と卵」のような関係にある。一方が悪いともう一方の苦戦につながる。逆に、狙い通りのシェイプで守備側を惑わせ、ボール保持者が前進することができれば、その後の密集戦は有利になる。

シェイプを機能させるため、司令塔のSOとともに重要な役目を担うのが球出し役のSHだ。「国際試合だと1試合でボールを触るのは60回くらい。そのたびに一瞬でいい判断をしなければいけない。チームの頭脳だし、責任が重い」と日和佐篤(サントリー)は重責を語る。

主戦となる2人のSHはそれぞれ持ち味が違う。サントリー監督時代も含めてジョーンズ氏に6年間、指導を受ける日和佐は速射砲のように素早くボールをさばくことができる。

一方、ハイランダーズ(ニュージーランド)でスーパーラグビー初優勝を経験した田中史朗(パナソニック)の方は“間”が持ち味。ランやパスの小さなフェイントを入れることで防御ラインの凸凹を生み出し、絶妙のタイミングでFWに渡す。この2人の出来がW杯での日本の戦いに大きな影響を与える。

PNCでは第1センターの周囲にもFWを配置する形を試した


■引き出し増やし最適解繰り出す

HC自身も今年に入り、シェイプの微修正に取り組んでいる。PNCではSHとSOだけでなく、その外側に立つ第1センターの周囲にもFWを配置。より外で勝負する形を試した。

SHを経由せずにFWが直接、密集から球を拾い上げて突進する形も増やした。「ディフェンスを中に絞らせて外側を空けるイメージ」と日和佐。密集をつくった後、同方向だけでなく逆方向に攻める形も増やした。いずれも相手に的を絞らせないための手だ。

昨年11月にあったマオリ・オールブラックス(ニュージーランドの先住民マオリ族の選手でつくるチーム)との2連戦。初戦で21―61と惨敗した1週間後、日本は残り3分までリードする大健闘を見せた。

劇的に挽回できた理由の一つが、攻撃時にポッドに近い形を併用したこと。大外にFWの選手を配置し、ここで効果的に前進することができた。

相手に応じた最適解を見つける戦術眼は、ジョーンズHCの得意とするところの一つ。様々な“テスト”を踏まえ、W杯本番でどんな答えを用意するか注目される。












吉田朋生(よしだ・ともき)

生年月日:1982年2月22日。京都府出身

日本代表キャップ:25

RWC出場歴:2007、2011

ポジション:SH

 

▼ラグビー略歴:南京都ラグビースクール(小学4年~)→藤森中学→東海大仰星高校→東海大学→東芝ブレイブルーパス(2004~)。U19、U21、U23日本代表、学生日本代表

力強いタックルと鍛え上げたフィットネスで、東芝ブレイブルーパス黄金期に活躍し、2度のRWCに参加した吉田朋生選手は努力の人です。高校1年時は身長150㎝台、体重50㎏台という小さなサイズ。それでもあきらめずに身体作りを続けたからこそ、日本を代表する選手になったのです。「ラグビーが僕にいろいろなものを与えてくれました。身体が小さくても頑張れば夢はかなう」という吉田選手が、RWCの思い出を語ります。

 

 

かつてない疲労感を感じたフィジー戦

SHとして役割を全うできなかった悔い

 

RWCを初めて真剣に見たのは、2003年のオーストラリア大会でした。それまではRWCを目指すような選手ではなかったし、高校の時もチームは全国大会で優勝したのですが、僕自身は監督に叱られてばかりで、まずはチームでレギュラーになることが目標でした。ポジションも中学時代はWTB(ウイング)、SO(スタンドオフ)で、SH(スクラムハーフ)になったのは、高校からだったのです。

代表レベルを意識し始めたのは、大学に入って19歳以下の日本代表に選ばれてからですね。2003年のRWCは、高校の先輩でもある大畑大介さんが出場していたこともあって、テレビで見ていました。国歌斉唱のシーンでは、日本を代表して戦う選手が背負っているものの大きさを感じて衝撃を受けました。大畑さんもトライをしたし、身近なものとして感じ始めた頃です。

初めて日本代表入りしたのは、2007年です。2006年に香港で行われたアジア予選には参加せず、ワールドカップイヤーにジョン・カーワンヘッドコーチが正式に就任してから選ばれました。そのとき、すでに代表入りしていた後藤翔太さんが怪我をしたこともあって、僕は運があったのかもしれません。

RWC2007で、僕が最初にプレーしたのは第2戦のフィジー戦でした。この試合には悔いが残っています。ハーフタイムを迎えたところで、80分を終えたような疲れを感じたのです。

暑さと初めてのRWCという緊張感、何をしてくるか分からないフィジーに対して極限の集中力が必要だったこと、そしてグラウンドが堅かったこと、さまざまな要素が重なって、過去に経験したことのない疲労感に襲われました。そして後半、足が攣ってしまったのです。僕の代わりに矢富勇毅が入ったのですが、その矢富がすぐに足を骨折してしまい、専門職のSHがいなくなりました。SHを軸にしたスペシャルサインプレーも使えなくなり、最後の追い上げ時にそれを使えなかった。あの時、SHがいたらという思いはあります。前半から必死で戦い、力を出しきってしまったことに悔いが残るのです。

 

 

第3戦も良いパフォーマンスができず、

レベルアップの必要性を痛感

 

第3戦はウェールズが相手でした。相手のSHが190㎝のマイク・フィリップスで、対戦を楽しみにしていたのですが、スキルの違いを感じさせられました。パススピード、正確さだけでなく、視野が広く、ゲームをコントロールする能力も高い。自分がもっとレベルアップしなければならないと痛感する試合でした。

最後のカナダ戦も出場しましたが、引き分けで終わったことも、自分のパフォーマンスも悔いが残っています。僕のミスも多く、もっと自分の良さを出すべきでした。もう一度やり直したい試合です。2007年RWCは経験不足。「レベルアップして、もう一度出たい」と強く思った大会でした。

念願かなって2011年RWCのメンバーにも入ったのですが、この大会では1試合しか出場できませんでした。正SHは田中史朗、日和佐篤で、僕に出番はまわってこなかったのです。しかし、オールブラックス戦の後半30分あたりで今村雄太が負傷し、不慣れなWTBで途中出場するチャンスが巡ってきました。SHで出場することができたら、2007年の経験を生かせると思っていたし、SHでプレーできなかったのは残念でした。

それでも懸命にプレーしたのですが、肉離れをおこしてしまって、今村雄太と2人で帰国することになりました。これも悔しい思い出です。

 

 

よく考え、あきらめずに努力すれば

どんな選手もRWC出場のチャンスはある

 

 

それでも、RWCに2度行けたことは光栄だし、4年に一度の大会に参加できたことも運が良かったと思います。

何を得たかと問われれば、自分のレベルを痛感したということでしょうか。帰国してから、もっと成長しないといけないと実感できたのは良かった。もう一つは、子供達にRWCの経験を伝えられることも大きいと思います。僕は器用ではなかったけど、一生懸命練習して日本代表にまでなれた。そんなタイプの選手がいたらアドバイスもできるでしょう。

最近の高校生を見ていると、パスも上手いし、レベルは高い。アドバイスをするとしたら、高校の頃からよく考えてプレーすることでしょう。パスだけではなく、キックも大事になるし、スペースも良く見てプレーしなければいけない。いまの自分より上手い選手がいても、ハングリー精神を持って努力を続ければ、いつか日本代表にもなれると言いたいです。

2019年には日本でRWCが開催されます。僕はRWCの経験を子供達に伝えることで少しでも役に立ちたいし、日本のファンの皆さんには日本代表の試合だけではなく、他国の試合も見てほしいです。

フランス大会のとき、最後にカナダと戦いましたが、フランスの人たちの「ジャポンコール」が嬉しかった。日本でもそんな雰囲気になればいいですよね。日本の皆さんに、そんなRWCの雰囲気を楽しんでほしいです。

参加した選手として断言します。RWCは絶対に見たほうがいいです!















別府市の明豊高校では部員1人のラグビー部が顧問の監督と練習に励んでいる。昨年創部したが、部員は立石航太君(看護科2年)だけ。現在は別府鶴見丘高校ラグビー部の練習に参加しているが、「いつかは単独チームで大会に出場する」という思いを胸に、師弟でグラウンドを駆け回る。


別府鶴見丘のグラウンドで夏休みもほぼ毎日、練習に汗を流した。立石君は恵まれた体格を生かし、スクラムの要で突破役なども担うプロップのポジション。鶴見丘の部員が仲間として温かく迎えてくれたことにも感謝する。「ボールがつながった瞬間がうれしい。勉強と部活をしっかり両立させたい」と張り切る。

大分舞鶴などでコーチを務めた大沢亮二監督が同校教諭に着任したのがきっかけで昨年4月に創部した。そこに入部したのが、鶴見丘ラグビー部に兄がいた立石君だった。今年は鶴見丘との合同チームで県高校総体に出場した。

明豊では甲子園に出場した野球部や卓球部などが人気で、ラグビーは「痛そう」「きつそう」と敬遠されぎみ。部員の勧誘にも苦労しているという。

2019年にはラグビーワールドカップ(W杯)の大分開催も控える。大沢監督は「一人でも多くの子どもにラグビーの魅力を伝えたい」と話している。


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  1. 2015/08/31(月) 03:16:31|
  2. その他

選手



僕は効率を重視して生きてきました。勉強も短い時間で集中する。ラグビーの練習もそうでした。でも、ラグビーのおかげで「効率だけではやっていけない世界」を知ることができたと思います。
(福岡堅樹)


ラグビー日本代表の左ウイング、福岡は福岡高校時代、ラグビーに打ち込みながらも医学部を目指していた。ラグビーへの思いは捨てがたく、1浪後に筑波大学情報学群に入学したが、いずれは医学部に編入したいという希望を持っている。クレバーな福岡は、何ごとにも根拠を求め、合理性や効率を追求する。勉強も、練習もそうだ。「僕は練習の長さを計算して、体力の配分を考えることが多かった」。しかし、エディー・ジョーンズ監督に怒鳴られたことで考え方が変わったという。試合形式の練習中、相手が蹴ったボールを福岡が背走して追ったが、相手に先に追いつかれてトライを許した。「100%のスピードで戻っていれば、トライを防げた。『グラウンドから出ていけ』と言われ、練習に入れてもらえませんでした」。
100%の力を出しきることの大切さを監督は教えたかったのだろう。「今までの人生で一番死に物狂いになっていますね。怪我が怖いけど、それを恐れて余裕を持てるほど突出した選手ではありませんから」


















  1. 2015/08/30(日) 04:44:16|
  2. その他

選手



日本代表として、ワールドカップでも活躍した小野澤。国際試合トライ数は世界歴代5位


趣味は競技自転車でのサイクリングだ。静岡県出身のラグビー選手である小野澤宏時は、テストマッチ(国際試合)で日本代表歴代2位の81もの出場数、世界歴代5位の55トライを記録。国内最高峰のトップリーグでは、通算107トライを奪ってきた37歳だ。

誰が呼んだか「うなぎステップ」。体幹の強さとしなやかな身のこなしで、人垣をするすると突破する。「ものごとは一言では、言い切れなくなっていて」。自らの皮膚感覚をより端的に表現し、かつ誰も傷つけないであろう単語を一つひとつ選ぶ人でもある。

サントリー時代のケガが長引く
中大卒業後から13シーズンもプレーしたサントリーを去らざるを得なくなったのは、一昨季のオフ。昨季からは、トップリーグ入りして3季目だったキヤノンへ加わる。かつてサントリーを率いた永友洋司監督に請われたのだ。

しかし、移籍初年度の出場機会はわずか1試合にとどまった。シーズン途中の戦線離脱を余儀なくされる。ひとつのトラブルをきっかけに、すべてのバランスを崩していたのである。

始まりは、前所属先で最後から2つ目のゲームでのプレーだった。2013年8月30日、東京は秩父宮ラグビー場。NTTコムとのトップリーグ開幕節の前半終了間際、相手に激しくぶつかられながら、片手一本をインゴールへ伸ばす。「ここで取ったら試合が決まるなぁって思ったから……」。ダイブ。着地。左肩の関節部分がタックルの下敷きとなった。トライを奪うと同時に、小野澤は交代した。

痛みは新天地でも引きずる。腕を大きく振って走れないから、「足の力だけ」で無理に走ろうとしてしまう。今度は膝まで痛くなった。悪循環である。

脱臼を繰り返す左肩を手術
コンディション不良の本丸である左肩は、癖のような脱臼を繰り返した。「カコッ」。東京は町田にあるキヤノンのグラウンドで、小野澤は何度も自分の体内に鈍い音を響かせることとなる。

「1度目はタックル練習で外れて、2度目はボールゲームで相手にタッチした時に外れて……」

決定打は、「3回目」だった。

「ブレイクダウン(ボール争奪局面)の練習。相手を逃がさないようにホールドした(抑えた)瞬間に…。手が衝撃で(向こう側へ)持っていかれたんじゃなく、自分で腕に力を入れた瞬間、カコッと」

シーズン終盤の1月16日。「もう、ダメだ」とオペに踏み切った。全体練習への本格的な復帰は、今季の7月21日まで待たねばならなかった。
南アフリカの強豪・ブルズを迎え撃つ

決定力のあるウイングとして、サントリー時代はチームの優勝に貢献した
31日。町田市陸上競技場で、クラブは大一番を迎える。南アフリカのブルー・ブルズと激突するのである。相手は南半球最高峰であるスーパーラグビーのブルズの所属選手が軸となった、大きく力強いチーム。対峙する永友監督は「楽しみ。我々は日本一になったチームでもないですけど、勝ちにはこだわっていきたい」と意気込む。ちなみに有志の実行委員会の河辺康太郎事務局長は、小野澤の中大ラグビー部の1学年後輩である。
小野澤は社会人2年目の01年、サントリーの一員としてウェールズ代表に45対41で勝利。直後に日本代表デビューを飾った。今度のブルー・ブルズ戦は復帰間もないため出場は難しいだろうが、記憶の地層を掘り返してこう展望する。
「若者にとっては、いい刺激になるんじゃないでしょうか。大きな目標設定にチャレンジして、世界の空気に触れられます。自分と世界の比較も明確にできる。僕もサントリーの2年目、ウェールズ代表とやった。当時は、割とシンプルなことしかを考えてなかったと思います。やるからには勝つし、持ったらトライを取るし、みたいな。楽しかったですし、代表に入るきっかけにもなった……。そういう意味でも、チャンスだと思います」
トライを取るだけではないチームへの貢献

一方、小野澤にとって本番は秋以降だ。ラグビー人生25年目のシーズンを迎えるプロ選手は、いま、カスタムバイクの乗車は自重している。「運動のボリュームをコントロールしたい」というクラブの意向を尊重してのことだ。
「落車が怖い、ということもあって。『練習もやるし、いいでしょ』みたいな若さはない。もし何かあったら洒落にならないなぁと、いまは、言うことを聞いています」
小野澤のすごみは、「うなぎステップ」を繰り出す前の動きにもある。グラウンド後方、タッチライン際に立つウイングというポジションから、仲間が円滑に動けるよう明確な指示を出す。チーム戦術と相手守備網の穴場を踏まえ、好角度から球を受け取る……。「ザワさんがいると、後ろから声が聞こえてやりやすい」は、サントリーやジャパンの同僚の決まり文句だった。
「いままでで一番、いい状態で過ごす」

トップリーグの順位を11位、7位、7位とする新興チームのキヤノンには、新主将の橋野皓介(27歳)、前主将の和田拓(26歳)、現日本代表の宇佐美和彦(23歳)と主軸組に若手が多い。グラウンド内外における自称「おじさんウイング」の役割は、決して小さくないのだ。
「例えばメンバー編成の過程で外されて、『何だよ』と落ち込む。その選手は、試合に出たいからそこまで沈むのであって。キヤノンの選手にはそういう熱量がある。これは周りの選手の関わり次第でよくも、悪くもできる。熱量は、方向性を決めてあげたらすごい爆発力になる。しっかりベクトルを決めて、いい練習をして……個性の色を消さずに、チームという袋に入れていきたい。そう思って過ごしています」
復帰後初めて身体をぶつける練習をしたら、「怖いっすね」。ただ、声は明るい。
「もうリハビリレベルではなくなった。(練習が)できたという経験を重ねて、怖さを取っていく作業をする段階までは来たかな、と。去年はテープで固定して、ここ(肩)が触れない。痛い。練習後は『あぁ、きょうは無事に終わった……』。ただ今年は『まだ怖さはあるけど、何とか、よさそう』。その気持ちの差はすごく、大きい」
個人目標は「いままでで一番、いい状態で過ごす」である。
「毎日いい準備をして、いい競争して、いいコミュニケーションを取って、チームにプラスになるものを全て提供して、若手も成長して……。で、自分が出る、みたいな」
若さ、年輪、勢い、思慮深さ。たくさんの色彩がひとつに折り重なった集団のたのしさを、考えるシニアプレイヤーは深いところでわかっている。



   






エディーHC退任発表も選手に動揺なし SH田中「違和感ない」


宮崎合宿中の代表選手は東京都内での会見前に、ジョーンズHCから退任を説明された。W杯直前での発表となったが、リーチ主将(東芝)は「選手は(影響を)気にしていないし、やることも変わらない。エディーはこれからも全力でやってくれる」と落ち着いた様子で語った。

SH田中(パナソニック)は「違和感はない。エディーさんが胸を張って海外チームに出られるようにW杯で頑張る」と決意も新た。フッカー堀江(同)は「これぐらいのことで僕らのチームワークは崩れない。最後まで全力を尽くす」と力を込めた。


























  1. 2015/08/29(土) 03:46:24|
  2. その他

オールブラックス



100年を超える国際交流史の中で
すべての国に勝ち越すラグビー王国

おそらく、世界のスポーツチームの中で最も有名な愛称だろう。ラグビー王国のナショナルチーム「オールブラックス」は、世界中にその名をとどろかせる。起源は、1905~06年までさかのぼる。英国とフランスへ遠征したニュージーランド代表チームは、35戦して34勝1敗という戦績を収める。この時から現地の新聞で「オールブラックス」と書かれるようになり、このチームは「オリジナル・オールブラックス」と呼ばれている。諸説あるが、いまでは全身黒のジャージーだったから、そう呼んだという説が有力だ。
彼らが行くところ、常に観客は満員になる。2013年1月に来日した際は、秩父宮ラグビー場を満員にしたし、2014年11月には、アメリカのシカゴで初のテストマッチ(国代表同士の試合)を行い、6万1500人の観客を集めた。試合前のウォークライ(ハカ)、スピーディーでアクロバティックなパスを連発するプレースタイル、全身を黒で統一したユニフォームは、人気の要因だが、なにより、その強さに人々は惹かれるのだ。
100年を超える国際交流史の中で、すべての国に勝ち越す唯一の国。ニュージーランドラグビー協会が公認するテストマッチは500試合を超え、その勝率は76%。ラグビーワールドカップ(RWC)では、1987年の第1回大会に優勝したが、その後は勝ち運に恵まれず、2011年、自国開催のRWCで24年ぶりの優勝を果たした。以来、連戦連勝。ここ4年の勝率は90%以上である。平たく言えば、たまにしか負けないのだ。RWC史上初の連覇チームになる力は十分すぎるほどにある。
首相より有名なリッチー・マコウ主将
ダン・カーターの悲願は成就するか



オールブラックスの二枚看板といえば、リッチー・マコウとダン・カーターである。ニュージーランド国民で最も有名な人物であるマコウは、2006年からオールブラックスのキャプテンを務める。運動量豊富に動き続け、ボール争奪戦で抜群の強さを発揮する。過去3度、国際ラグビーボード(現ワールドラグビー)の世界最優秀選手に選ばれ、キャップ数は8月15日のオーストラリア戦で141となり、アイルランドのブライアン・オドリスコルが持つ世界最多記録に並ぶ。RWCでは、世界最多記録を更新することになるだろう。RWCでの引退を示唆しており、オールブラックスのジャージーを着用するマコウを見られるのはこれが最後になりそうだ。










清宮ジャパン浮上!代表に激震、W杯後エディーHC退任
9月18日開幕のラグビーW杯イングランド大会を控えた日本代表に激震が走った。エディー・ジョーンズ・ヘッドコーチ(HC、55)が25日、合宿中の宮崎市で、W杯終了後に退任することを発表した。16年から世界最高峰リーグ・スーパーラグビー(SR)に参入する日本チームの「ディレクター・オブ・ラグビー(強化責任者)」も退任する。次期監督には昨季の日本選手権でヤマハ発動機を初優勝に導いた清宮克幸監督(48)が意欲を見せている。

台風一過のグラウンドで、エディーHCは笑みさえ浮かべて胸の内を打ち明けた。「いろいろな話し合いをしたが、自分の判断を尊重してもらった。4年間でできることの全てを注いだ。次の2019年W杯のチームには新しい指導者が必要だ」
電撃発表だった。18日に南アフリカの報道でSRのストーマーズ(南ア)との監督就任交渉が発覚。「(退任の)気持ちが固まったのは3、4週間前」。20日、日本協会に正式に退任の意思を伝えた。W杯を控えた選手に対しては「気持ちが阻害されるのであればタフさが足りない」と訴えた。
4年後の19年には日本でW杯が開催される。昨季、ヤマハ発動機を初の日本一に導いた清宮監督が、後任に名乗りを上げている。2月、代表監督就任について「縁があれば…ですね」と発言。3月の会見では、8強進出を掲げるエディー・ジャパンに対し「失敗したら今のやり方がダメということ。そうなれば候補として名乗り出る」と前代未聞の立候補。19年大会について「日本人の体格でも戦えることを証明する大会。メンバーの3分の2は日本人が出ているべき」との“強化方針”まで披露した。
低迷していた早大、サントリー、ヤマハ発動機を立て直した「優勝請負人」として評価は高い。早実高1年の長男・幸太郎が甲子園大会で話題をさらうなど、知名度はラグビー界随一。19年W杯の“顔”として期待する声も多い。日本協会の坂本典幸専務理事は、次期監督の選任時期について「日本人、外国人を含め数人をリストアップしている」と明かした。
一方で、協会内にはパナソニックのロビー・ディーンズHC(55)を推す声もある。元ニュージーランド代表で、指導者としてSRを5度制覇。NZ人として史上初めてオーストラリア代表HCを務め、11年W杯で3位となった。世界を熟知する名将だ。
「清宮ジャパン」か、「ロビー・ジャパン」か、あるいは…。決断には日本ラグビー界の将来がかかっている。











堀江&木津、史上初「よしもと」入り W杯後はM―1目指す!?

9月開幕のラグビーW杯イングランド大会に挑む日本代表でフッカーの堀江翔太(29)=パナソニック=と木津武士(27)=神戸製鋼=が「よしもとクリエイティブ・エージェンシー」とマネジメント契約を結ぶことが25日、分かった。ラグビー界からは史上初の「よしもと」入りとなる。
W杯へ向け宮崎合宿中の木津は「お笑い担当でラグビーを広めていきたい」と意気込んだ。中学時代は相撲で無敵を誇り、大阪、近畿大会で優勝。卒業時は相撲部屋9部屋、相撲で18校、ラグビーで11校の高校に勧誘された。「貴乃花部屋の一番弟子になる話もあった。遠藤や豪栄道ら知り合いもいるので、番組で共演できれば。W杯後は(漫才の)M―1優勝を目指しましょうか」と冗舌だった。
世界最高峰リーグ・スーパーラグビーでも活躍する堀江は「バラエティー番組にスポーツ選手が出ているが、あのラインに並びたい」。ともに大阪出身の代表フッカーコンビが、芸能界でラグビー選手の地位向上を目指す。




  1. 2015/08/28(金) 03:50:14|
  2. その他

選手



リオ五輪まで1年 “二刀流”で道開く 7人制ラグビー・藤田慶和


リオ五輪から新種目となる7人制ラグビーは11月に男女の五輪アジア予選を控える。男子はその前に15人制のワールドカップ(W杯)が9月にイングランドで開幕。両方の代表で活躍が期待される藤田慶和(早大)は「一番重要なのはW杯だけど、五輪も狙いたい。15人制でも7人制でも代表に選ばれ続けたい」と闘志を燃やす。

身長184センチ、体重90キロの恵まれた体格を持つ21歳。東福岡高で全国高校大会3連覇を経験し、早大入りした2012年5月には史上最年少の18歳7カ月で15人制の代表デビューを飾ったアラブ首長国連邦戦で、いきなり6トライを奪った。その後は故障に苦しんだが、同じ大学4年で7人制代表も兼ねる福岡堅樹(筑波大)と切磋琢磨(せっさたくま)して力を磨いてきた。

目標に掲げるのは今年2~3月に練習参加した世界最高峰リーグ、スーパーラグビー(SR)の名門クルセイダーズ(ニュージーランド)入り。「W杯や五輪にはSR関係者も注目している。プレーでアピールしてSRに近づきたい」。夢に向かって“二刀流”で道を切り開く。























  1. 2015/08/27(木) 03:44:43|
  2. その他
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kanakita

Author:kanakita
大阪府堺市立金岡北中学校ラグビー部です。部活動以外の行事なども写真&動画レポートします。よろしくお願いします。

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