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堺市立 金岡北中学校 ラグビ-部

心身ともにたくましい男子を目指します!!

ワールドカップ




 

大学からラグビーを始めて日本代表入りした選手の代表格。バレーボール選手だったとは思えない激しいプレーで、法政大学、サントリーで活躍しました。キャプテンとして卓越したリーダーシップでチームを率い、2001年には来日したウェールズ代表を単独チームで下す快挙を成し遂げました。2003年、トップリーグ発足時の顔となった一人です。2度出場したRWCへの想いには、並々ならぬものがありました。


RWCは、一切の妥協を排除して
勝利を追及する。「戦場」



 RWCを一言でいえば「戦場」です。生き残る、つまり勝つ以外にない。僕は1999年と2003年に出場しました。1999年にはアルゼンチンに負けました(12-33)。彼らは当時からスクラム、モール、タックルに特化していた。一見面白くないラグビーですが、それを磨き、アイデンティティーにした。そして2007年のRWCではベスト4に入りました(優勝した南アフリカに13-37)。どんな理想を掲げようが、RWCは勝つ以外ありません。一切の妥協を排除して、勝利を追求する。そういう意味での「戦場」なのです。
 プレーヤーにはプレッシャーに打ち克つメンタリティーが必要です。そこから逃げる選手はプレーがどれだけよくてもいらない。
 「戦場」ですから匍匐(ほふく)前進して困難を切り開く力がないといけない。指導者はそのため、おのおの選手たちの役割をきちっと決めてやる。自信を持たせる。その上でRWCでの勝利が、色々なものを犠牲にしてでも得る価値のあるものだと選手たちに分からせてあげないといけません。
 これまでは指導体制にも問題があるように思えました。RWCが終われば、また一からのスタート。積み重ねがありません。線でなく、点で終わっている感じが否めませんでした。今はエディーさん(=ジョーンズ、現日本代表監督)がいて、継続されるようにはなってきました。しかし、アルゼンチンは一貫性があった指導のお蔭でRWCの成績は日本の上に来ています。


ラグビーを始めて6年目での大舞台
本気のサモアにRWCの重みを痛感

 1999年のRWCはサントリーに入社して2年目、ラグビーを始めて6年目でした。だから感慨は特にありませんでした。RWCのすごさを分かっていなかった。怖いもの知らずでした。そして初戦のサモアに完敗します(9-43)。イングランドの独特の雰囲気、雨、滑る芝、強い風の中での試合でした。
 サモアはNO8パット・ラムやWTBヴァイガ・トゥイガマラら名選手がたくさん出ていました。5月のパシフィックリムで勝ったチーム(37-34)とは別物。目の色がまったく違いました。日本相手に海外のチームが本気で来るのはRWCしかない、と実感しました。レフリーのブラインドで殴られたりもしました。僕もやり返した。やらなきゃやられるんです。それが最初に「戦場」と言ったゆえんです。これまでのテストマッチでそんな感覚になったことはありませんでした。
 試合の最初の方で、ラッキーバウンドになったボールを僕が拾って抜けたけれど、ディフェンスに捕まってうまくボールを出せなかった。当時はタックルされた人間が前方に倒れ、股の下からボールを出す「亀ラック」(亀の出産に似ているため命名された)を練習していました。しかし、倒れるのが早く、できなかった。ベンチから「亀、亀」という声が聞こえたのを覚えています。
 試合はあっと言う間に終わりました。時間を気にする余裕はなかった。「平尾ジャパン」(当時の監督は現神戸製鋼GMの平尾誠二)は期待が高かっただけにあの負けでつまずきました。僕たちは気持ちの切り替えができないままに次のウェールズ戦(15-64)を迎えたのです。例えれば今年(2014年)のサッカーW杯の日本と同じです。初戦のコートジボワール(1-2)に勝っていれば、その後の結果はまた違ったものなっていたでしょう。


日本は守り続けて勝つのは無理
高い意識で攻撃を仕掛けていくしかない

 2003年のRWCは28歳でした。大畑(=大介、WTB、現神戸製鋼アンバサダー)や箕内(=拓郎、NO8、現NTTドコモ)ら僕らの世代がチームをリードして戦いました。「平尾ジャパン」に比べると「向井ジャパン」(当時の監督は現コカ・コーラGMの向井昭吾)は前評判がよくなかった。逆にそれが「何とかしないといけない」という気持ちになり、チームが一つになりました。初戦のスコットランドや3戦目のフランス戦は後半20分までは競ったゲームができました(11-32、29-51)。下馬評の低かった2010年のサッカーW杯の日本と一緒です(決勝トーナメントに進出、PK戦でパラグアイに敗退)。低評価は逆に余計なことを考えなくなり、できるプレーにだけ集中します。だからチームは面白い。戦前の評価とは違ってきますから。
 2回のRWCを経験した中で、「日本は守り続けて勝つのは無理」と思いました。体格、パワーの差で最後は押し切られてしまう。勝つためには最低でもボール支配率を50パーセント弱に持って行かないといけない。そのためにはアタック。ディフェンスでチームは作るのは手っ取り早い。マーク・マークなどのシステムを決めればいいからです。でもアタックはそうはいかない。チーム全体の感性がいるし、「どこで誰が動くのか」など高い意思統一が必要です。当然リスクも高くなる。攻めている中でボールを失えば、守りができていないだけに一気にトライに持っていかれる。でも攻撃を仕掛けていかないと日本が世界に勝つ目はない。僕はそういうことをRWCから学んだ気がします。


























































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  1. 2015/03/31(火) 03:13:08|
  2. その他

立川選手





——チームにはすぐ溶け込めましたか。
立川:そうですね。1つ上の兄(現クボタ・キャプテンの立川直道選手)が3年前に、同期の選手が前年にアカデミーに留学していたので、兄のことから話題が始まったり、共通の友人ができたりしました。自分にとって初めての海外生活で、チームにとっても日本人の受け入れは初めてというので不安もありましたが、溶け込みやすかったです。英語がそれほど堪能ではなかったのですが、そんな気持ちを察してくれたフィジー出身の選手がいろいろ気遣ってくれたりして助かりました。
憧れの存在だったラーカム氏との練習
——昨年からブランビーズのHCには日本でのプレー経験もあるスティーブン・ラーカム氏が就任しましたが、その影響はあったのでしょうか。
立川:ゲームを作っていくスタンド・オフ(SO)というポジションで、こういう選手になりたいと目標、お手本にしていた選手が、ラーカム氏でした。HCになっても自らが選手と一緒に練習に入りながらやっているので、実際に彼の動きを見て上手いなと思うところを体で吸収してきました。今は現役を引退していてトップ・レベルというわけではないけれど、やはり上手いですね。とても勉強になりました。自分が経験したことをクボタ、そして日本ラグビー界に還元できたらと思っています。それが責任かなと思います。



——以前、ジョーンズHCが本紙連載中のコラム「Go! ワラビーズ in Japan」(今号では休載)の中で、「代表に選ばれ代表チームの練習を経験した選手が、それをそれぞれの所属チームに持ち帰って、還元できるようになるように願っている」という話をしてくださったことがあったんですよ。エディイズムが根付いて来ている証ですね。豪州生活はどうでしたか。
立川:平日は朝から夕方まで練習があって、土日のどちらか試合。オフは週1日くらいでした。当初はチームメイトとアパートでルーム・シェアしていました。3月に結婚しまして、その後は妻とアパートで生活しました。キャンベラはシビックの中心に店はあるけど、賑やかなのはあの辺りだけですね。
 でも、比較的安全と言われる街だけあって、危ない目に遭うことはなかったです。
オフには家族とハミルトン島へ
——滞在中一番楽しかったことは何ですか。
立川:あまり休みはなかったのですが、1週間くらい休みがとれて、妻とハミルトン島へ行きました。とてもきれいな所で良かったです。でも、ハプニングがありまして…。自分たちでチケットやホテルを手配して行ったのですが、ちょうどケアンズに台風が来まして。シドニーからブリスベンへ向かう空港のゲートで、ブリスベンからハミルトン島へ行けないと聞かされて、どうしようかと。シドニーに1泊して待つか、とりあえずブリスベンまで行くか、それともキャンベラに戻るか選択を迫られました。その時期、ちょうどクボタのマーティン・ヒューメ・コーチが一時帰国しており、シドニーの自宅にいたので、助けてもらいました。チケットやホテルの手配もしてくれ、家でBBQをしてもてなしてくれたり、とてもお世話になりました。おかげで翌日、無事にハミルトン島に行くことができ、休暇を過ごすことができたんですよ。マーティンが帰国中で本当に助かりました。感謝してます。

——また海外に挑戦するとしたら、今度はどこへ行きたいですか。
立川:NZ、豪州…と考えると、もう一度、豪州で挑戦したいと思います。クボタとの関係からブランビーズでとも思うけれど、どのチームでも良いです。2016年からスーパー・ラグビーに参加する日本のチームのメンバーに入れたら、それも良いですね。NZのチームは外国人枠が2人しかないので、チャンスをつかむのがさらに難しい。豪州のほうが枠も多いし…(笑)。


RWC出場決定にチームメイトとともに喜ぶ立川(前列左から2人目)

——普段はチームの経営母体でもある株式会社クボタで社員として勤務されているのですよね。
立川:はい。クボタは会社としても、社員の人も、ラグビーに理解を示してくれて応援してくれています。とてもありがたいことです。でも、今年だとラグビー・ワールド・カップ(RWC)が終わるくらいまではあまり出社できないのが辛いです。会社や周囲の人の理解がないと仕事とラグビーの両立は難しい。そういったことも忘れずにやって行きたいと思っています。

——セカンド・キャリアのためにも、後に続く後輩たちのためにも大切なことですよね。昨シーズンは立川選手以外にも、レベルズのフッカー(HO)堀江翔太選手、NZハイランダーズのスクラムハーフ(SH)田中史朗選手が参戦し、計3人の日本人がスーパーラグビーに挑みました。2人は日本では元ワラビーズHCロビー・ディーンズ氏がHCをつとめるパナソニック・ワイルド・ナイツ(パナソニック)に所属するプレーヤーですが、特に田中選手は、チーム・メイトであるオールブラックスSHアーロン・スミス選手と比較しても遜色ない活躍を見せ、バーバリアンズにも選出されていますね。
立川:チーム、チームメイトの信頼を得て、あれだけやっているのはすごいと思います。1年目はただひたすら大変で、信頼を得るためがんばって…。3年目で花開くとはよく言ったもので、彼を見ているとまさしくそんな感じですね。称えるべきことです。

——今シーズンは豪州のレベルズから堀江翔太選手が3シーズン目の挑戦をし、フォースからは山田章仁選手(パナソニック)が初挑戦します。ラグビー強豪国ではない日本の選手が世界最高峰のスーパーラグビーでプレーするのは難しいのではないかという世間の予想を裏切ってもらうためにも、彼らにかかる期待は小さくないのではないのではないでしょうか。
立川:そうですね。ぜひ今後の2人、そして日本ラグビー界全体を、皆さんに応援していただきたいです。

——一方、9月に始まるイングランドでのRWCは日本の出場は決まっていますが、メンバーはまだ決まっていませんね。立川選手も有力な候補ですが…。
立川:特別飛び抜けたプレーはないけれど、パスや仕掛けなど自分の持ち味を発揮して、チームに尽くす姿をアピールできたら良いと思っています。最終メンバーに残れるように気を引き締めてやっていきたいです。
穏やかな口調ではあるが、彼の強い想い、意志を感じることができた。ブランビーズでの経験はいろいろな意味で彼を大きく成長させたことだろう。立川選手のさらなる飛躍を楽しみに見守りたい。















































  1. 2015/03/30(月) 03:32:27|
  2. その他

海外




神戸製鋼の若手が海外武者修行 
山中亮平は南アへ


 神戸製鋼コベルコスティーラーズの次世代を担う選手たちが、相次いで南半球での武者修行に旅立つ。すでに3月13日、ニュージーランドへ出発したのが、FL安井龍太(25歳)、CTB南橋直哉(25歳)、WTB中濱寛造(26歳)の3人。神戸製鋼が提携するチーフスでのトレーニング、クラブチームでの試合出場など、昨年、山中亮平、前川鐘平が経験したのと基本的に同じ生活を送るようだ。山中、前川が逞しく成長して帰ってきたように、3人にも新シーズンでの活躍が期待されている。

 続いて、南アフリカに旅立つのが、SO/CTB山中亮平(26歳)と、CTB/WTBトニシオ・バイフ(24歳)の2人。神戸製鋼の前ヘッドコーチ、ギャリー・ゴールド氏が指揮を執るシャークスに帯同してのトレーニングとなる。この2選手については、ゴールド氏が高く評価していた背景もあるようだ。帯同は3か月の予定で、例年、3月から5月にかけて行われている同国の若手有望株が揃う州代表選手権「ボーダコムカップ」への出場も視野に入っている。

 山中亮平は、昨年のニュージーランドに続いての海外武者修行で、これもチームの期待の高さゆえだろう。「スーパーラグビーに出るわけではありませんが、レベルの高いところで試合ができそうで、いい経験になると思います。フィジカル面の課題は、エディー・ジョーンズ日本代表ヘッドコーチからも指摘されているので、それをどこまで上げられるか。今回は、南アフリカのラグビースタイルを楽しみたいです」

 昨年はチーフスで激しいコンタクトプレーを身に着けた山中だが、さらに南アフリカのタフな試合を経験することで再び日本代表入りの可能性も高くなる。9月に開催される第8回ラグビーワールドカップまで、能力を最大限に引き上げる努力を惜しむわけにはいかない。そして、そのレベルアップは来季の神戸製鋼の戦いの中でも生きるだろう。













































  1. 2015/03/29(日) 02:28:16|
  2. その他

指導者



 今季、ラグビー・トップリーグのプレーオフで2連覇を達成したパナソニック・ワイルドナイツの前主将、霜村誠一選手(33)が3月いっぱいで現役を退き、チームを去る。そして、翌4月からは桐生第一高校の保健体育教諭兼ラグビー部監督としての挑戦が待つ。「新たな人生を心から楽しみにしている」と語る。

 桐生一高から招請を受けた時期は約3年前。考えた末、「3年待ってほしい」と学校側に頼んだ。「準備に時間をかけたし、日本一にもなった。選手生活に未練はない」と話す。2014、15年のトップリーグ連覇に加え、昨年の日本選手権も制した。
 2月22日の日本選手権準決勝が現役最後の試合となった。サントリーに敗れ、2冠連覇はならなかったが、定位置のCTBで先発出場し、激しいタックルでチームを引っ張った。



































































  1. 2015/03/28(土) 03:31:37|
  2. その他

JAPAN




清宮氏、19年W杯日本代表監督に異例の立候補


2月28日、ラグビー日本選手権を制し、感極まるヤマハ発動機の清宮監督



 ラグビー・トップリーグのヤマハ発動機を日本選手権で初優勝に導いた清宮克幸監督(47)が17日、東京・千代田区の日本記者クラブで会見し、2019年ラグビーW杯日本大会での日本代表監督に異例の立候補をした。

 今年9月に開幕するW杯イングランド大会で指揮を執るエディー・ジョーンズ監督の19年までの続投を期待したうえで「今やっていることは新しい挑戦なんですよ。挑戦が成功すれば、それが正しいということ。(成功の線引きは1次リーグ)2位通過でしょうね。失敗したらダメということ。違う方向にかじをきらないとダメでしょうね。ダメな結果が出れば、僕は候補の1人として名乗り出る」と思いを明かした。

 19年W杯の意義についても「日本人の体格でも戦えることを証明するための大会。大きい人がやるスポーツだという概念を崩すためにやる大会」と話した。



この人には凄く男気を感じます!












































































  1. 2015/03/27(金) 03:06:59|
  2. その他
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プロフィール

kanakita

Author:kanakita
大阪府堺市立金岡北中学校ラグビー部です。部活動以外の行事なども写真&動画レポートします。よろしくお願いします。

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